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竹中労さんの見た「久米宏・ニュースステーション」の評価とその後

アナウンサーの久米宏さんがお亡くなりになっていたことが先日発表されました。今後、「彼ならどう伝えるだろう?」と思われるような状況にますますなっていくだろうと思われますが、竹中労さんはテレビ朝日・ニュースステーションでの久米宏さんを大いに評価していました。1988年の雑誌「ダ・カーポ」184号に連載していた「テレビ観想」で、ニュースステーションと久米宏さんについて書かれた部分があるので、ここでその一部を抜粋してお伝えします。

(引用ここから)

想うに彼(久米宏さんの事・引用者注)は、世評とはちがって、知らぬことにはひかえめなお人柄なのである。
視座を庶民の水準に置き、すなおに笑い泣き、しかもスマートであること。現在は中止になってしまったが、フランスの国営放送テレビに、『タクシー』という番組があった。窓を流れてゆく日常の風景から、ニュース報道に入ってゆく。つまり、街の運ちゃんの眼で、世相を見る。
久米宏には、軽薄の仮装がよく似合う。
鳥打帽を乗せて、ハンドルを握らせればそのまま、物識りの運ちゃんである。ホメすぎかも知れないが、それは芸の域にまで達している。

(引用ここまで)

これはまさに、久米宏さん追悼の番組の中で語られた人物評そのものであったとも言えるのではないかと思います。当時、私は竹中労さんのアシスタントの方と少し交流があったのですが、この文章が書かれた後、久米宏さんご本人からお手紙が届いたという話を聞きました。残念ながらその内容まではお聞きできませんでしたが、雑誌を読んで手紙を出すだけの大きな印象があったのではないかと思われます。

今のテレビでは、庶民目線でニュースを論評するよりも政府の代弁者のごとくの言葉をテレビを見ている庶民に伝えるという形の内容が多くなっているような気がします。そして、それに反する意見が出ればその多くは潰されてしまいます。そんな今、なかなか当時の久米宏さんのような番組を再開するのは難しいですし、それだけの人もそうそう出ないと思いますが、素直に意見が言えるような場というものを守っていかないと、本当に言いたい事が言えない世の中というものがやってきてしまいます。そんな社会にならないように、今後も自分で色々な事を考えて実行できればと思っています。